ビビッド・ミッション、お任せを
         〜789女子高生シリーズ
 


       




皇女様と間違えられて、いやさ影武者として皇女様に成り済まし、
おっかない誘拐犯の手へと落ちた格好のお嬢ちゃんは。
移動中の公用車へと追突して来た一味によって、
護衛についてた大人の皆さんを薙ぎ払われた、
言わば修羅場の中から連れ出されただけでも、
そりゃあ恐ろしい想いをしただろに。

 「……。」

気の強い皇女だというの、ひたすら演じてのこと。
泣き言も言わず、悲鳴も上げずに、独りぼっちで頑張って。
勿論のこと、わたしは皇女ではないとの降参口上も一切言わぬまま。
むしろ、偽物なのだと疑われないように、
ずっとずっと毅然とお顔を上げていたようで。
とはいえ、

 「…っ?!」

さすがに、突然ぐらぐらと大きく足元が震えた感触には、
何だ何だと不安げにあちこちを見回す。

 「何だ、地震か?」

同じ部屋の一隅、パイプ椅子に腰掛けて見張っていた男が、
やはり驚いてだろう立ち上がったものの。
随分と強い揺れが、しかも結構な長さで続いたものだから、
止まるまではと、その場でまずは踏みとどまっていたところ、

 「…っ。」

そんな彼と人質の狭間あたりへ、
頭上からバラバラバラッと降って来たものがある。
工場なのだからしっかりと頑丈な作りと決めつけていたが、
内装はそうでもなかったものか。
あちこちで配管だの窓枠だのが がたがたと揺れて鳴るのへかぶさって、
べきばき・ばららっという堅い音がし。
頭上からの音だと顔を上げたのと鉢合わせるように、
がたばた落ちかかって来たのが、
1センチほどの厚さで四方も結構な大きさの、合板パネル製の天井板だ。
作業によって張り替えるつもりだったか、
外の広いフロアはほぼ外壁と同じ、分厚いトタンのままな部分が多かったが、
防音や空調のためか、火気厳禁だったりするからか、
特別な作業用の区画や、
空調関係のボイラーを収めた一角なぞは、別扱いになっており。
壁だけでなく天井も、剥き出しではなくのこと、
こういった化粧板で覆われていたのだが。
それが今の揺れで大きくたわんだか、
吊り装具からも外れて、片っ端から落ちて来ており。
狭い中を埋めんという勢いで、床と同じ広さ分の板が降る中、

 〈 な…っ?!〉

明らかに別口、人影のようなものが降って来たのへは、
不意打ちは不意打ちでも、
自然現象への自己防御とは別口の警戒が呼び覚まされた、
張り番役の男であったようで。

 〈 きさま、何者だっ!〉

依然として床や壁はぐらんぐらんと揺れていたが、
天井から飛び降りて来た存在は、まるきり見知らぬ人物であり。しかも、

 「……。」

室内を見回すこともなくの、彼へは背中を向けたまま、
人質となっていた幼い少女の方へ、迷わず踏み出す機敏さが、
見張りの男にただならぬ焦燥を与えた。

  自分たちの切り札、
  人質になっている皇女を救出しに来たのだろう、と

後ろ暗くて疚しいことをしているという罪悪感はない。
実直な、若しくは廉直な使命感あってのことだと、
行動の基盤になっている信念は堅いのだが。
それでも、実際のこととして、息を潜めて身を隠している立場ではあって。
だから余計に過敏になってもおり、
慣れのない地震という現象も何のその、

 〈 待てっ。〉

今はそちらが“不法”な侵入者へ、
引き留めんという手を伸ばしたのだけれど。
そんな彼らの上へ、ますますの量にて建材が降り落ちてくる。

 〈 う…。〉

小柄な侵入者は、特に慌てもしないまま、
座り込んでいた少女へ歩み寄ると、
少しほど身をかがめて何か言ったようであり。
しかもそのまま彼女の腕を取って立ち上がらせている。
次々降り落ちる建材は、雨のような滝のようなとめどなさであり、
気のせいかやや明るくなりつつあることへ

 〈 …?〉

目元を埃から庇うため、
顔の前へ腕をかざしてその隙間から仰ぎ見やった天井は、

 〈 …なんだっ?〉

天井板どころじゃあない、
外との境にあたる屋根自体が がらがらと大きく崩れつつあるではないか。
そうまで大きな地震だったか。
だがだが、ではこの侵入者は何だというのだ。
果たしてタイミングがいいのか悪いのか、
どうしてそんな間合いへ来合わせての、

 〈 …っ!〉

ああ、皇女が立ち上がった、そのまま連れ去るつもりだと。
思いはしたが、そんな視野さえ、
どんどんと降り続ける合板だの鋼板だので塞がれつつあり、

 〈 …おいっ。誰か聞こえないかっ。
   皇女が逃げるぞっ。
   外に誰かいないのかっ! 返事をしろっ!〉

揺れが続いているのか収まったかも判らないほど、
今は降ってくる建材の山から目が離せない状態だ。
そこから踏み出そうにも、気がつけば…大きめの板まで縦に折り重なっていて、
すっかりと行く手は阻まれている。
屋根が剥がれたからだろう、薄暗さはどんどん晴れつつあったが、
皮肉なことには、砂ぼこりや合板の山がくっきりとよく見えるようになっただけ。

 〈 誰かいないのかっ! 皇女が逃げるぞっ!〉

声を張るしか手は打てず、
その声だとて、
重々しい鋼板の落ちる轟音には圧し伏せられているとしか思えなかったし。

 〈 …っ、う、がほげっ。〉

口を開けていると埃も吸い込んでしまうため、
声を張るのも適わずとなり。
そのうち、苦しげな咳込む声しか立たなくなっていったのだった。





    ◇◇◇



『いいですか、久蔵どの。あなたが一番危険です。』

 何と言っても相手の装備が判りません。
 まだ国交のない国の方々が、
 しかも友好使節の方々には気づかれぬようにと入国しているのですから、
 真っ当な“ワンクッション置いて”という方法以外、
 足跡を残さない違法な方法でと考えられますし、
 となれば、違法ついでに銃火器だって、
 頑張れよという餞別に、揃えてもらっている恐れもあります。
 そんな相手と鉢合わせする確率が一番高いのがあなたです。
 いいですね、蹴り倒すのより取っ捕まえるのよりも、人命優先ですよ?
 あなたと人質のお嬢さんと、二人とも助かってこそ“作戦成功”ですからね。

 「………。」

バズーカランチャーなんて物騒なものを持たせたくせに、
平八は何度も何度もそこを強調したし、
タブレットの画面だけでは飽き足らず、
久蔵の部屋を人質が監禁されているのだろう部屋に見立て、
飛び降りてからどう行動するのか、
やはり何度も何度も繰り返させたものだから。
バレエの振り付けだって一発で覚える久蔵お嬢様、
もはや眸を瞑っていても此処へ辿り着けただろう身となっており。

 「こっちへ。」

幼いお口の中、どれほど歯を食いしばっていたものか。
突然の地震の中、空から降って来た見知らぬお姉さんを見やり、
呆然とも出来ずの、怯えてばかりいるお嬢さんなのへ、

 「…ん〜と。」

ちょこっと考えてから、
少しほど身をかがめて耳元へお顔を寄せると、

 〈 ミズキだろう? ホノカに頼まれて来た。〉

そういう意味ですと、平八から言われていた呪文の台詞。
寡黙ではあるが、実は実は印象的な響きのその声で、
そおと囁いて差し上げたところ、

 「…っ。」

怖がってさえいたような身の避けようだったお嬢さんが、
あっと小さく声を上げての…それからそれから。

 「〜〜〜。」

小さな肩が見るからにすとんと落ちたので、
もしかして俺ってばいけないことを言いましたかと、
紅ばらさんがあわあわ焦りかけたほど。
とはいえ、周囲には ばたばたガンガンと天井板が降り落ちている真っ只中だ。
悠長なことをしてはいられぬと、
こちらから手を延べ、さあと促せば、

 「…。」

うんと、今度は頷いたお嬢さんであり。
ずっと同じ姿勢でいたのだろ、立ち上がるのが難儀そうだったので、

 「御免。」

片膝ついての身を寄せて、小さなレディを懐ろへと引き寄せる。
そのままお膝の下と背中へ腕を回してやり、
ひょいと立ち上がって…まずはと
お部屋の片隅へすたすた歩いていった久蔵で。
周囲へぼとぼと、小さくはない建材が落ち続けているというに、
ガタンばきばきという物音も、重々しかったり威嚇的だったり、
足元が揺れた以上に、ただただ恐ろしいはずだのに。
それは悠然と移動してゆき、特に何かあるでもない壁際で、
その壁を向いて立ち止まってしまったお姉さん。

 「?」

どうしたのかな、実は壁が見えないのかな。
何か目印でもあるのかなと、
懐ろに抱えられたお嬢さんが、
先程までほどは怖がってはないけれど、
不審そうに壁と紅ばらさんのお顔とを交互に見比べたそのときだ。

   きぃいぃぃぃいぃん……、と

耳鳴りにも似た金属音が、どこかから聞こえてくる。
こうまで高い音だと、
今お部屋を埋めようとしている重々しい音に掻き消され、
特に大おとなには聞こえないものだけれども。
まだ幼いお嬢さんには、きちんと聞こえておいでなようで。

 「ミズキ。」

名前は万国共通だからと、
特にイントネーションにも気を遣わず、
ぼそりと呟いた久蔵で。
ハッとしたお嬢さん、お顔を上げて見上げたお姉さんが、
そりゃあ優雅にゆっくり頷いたので。

 「……。」

その動作に合わせるように、
自分の身をお姉さんの胸元へと倒してゆき。
まだまだ顎を引いてくものだから、
もっとなんだなとぎゅうぎゅうくっつけば。
丁度、彼女らが向き合ってた位置にあった壁の継ぎ目が、

  …………………ぱき、と

どこか関節でも外れましたか、
若しくは乾いた割り箸割りましたかと
ついつい聞きたくなるようなくっきりした音がして。
左右や上下がみっちりくっついていればともかくも。
いつの間にか天井はぽっかりと空いていたし、
左右の壁もあちこちが割れていたり倒れていたりで、
この壁板も支えを失い、動くだけの隙間が大きく出来ていたのだろう。
まるで枠を無くした引き戸みたいにぐらぐら揺れている。
それを、

 「…。」

寡黙なお姉さん、お嬢さんには見えない足元で何かしら、
恐らくは…蹴ったようであり。
結構な厚さがあった壁板は、そのまま外側へゆっくりと倒れる。
それと入れ替え、ぱあっと明るいお外が見えて、

 「〜〜〜。」

これって夢かなぁと、ミズキは思った。
怖かったけどお務めだものって頑張ってた。
お姉ちゃんも皇女様の楯になり、
知らないおじさんから突き飛ばされたことだってあったけど、
大怪我してもそれが務めで誉れだって言ってて。
すぐにも呼び戻されても“怖くない”って。
アタシくらいの皇女様、とっても賢くて立派なお姫様。
自分が守るんだって、ずっとずっと頑張ってるから、
アタシも負けないって頑張った。
でもネあのネ、
いつ終わるのかなって、時々泣きそうにもなったの。
お姉ちゃんは心配してるかなとか、
でも自分が皇女様だってことにしないと、
怖い人たちがそっちへ行っちゃう。

 〈 あ…。〉

まだ何かが崩れ続ける物音は周りで延々と続いているのにね。
そういえば、自分たちへはちっとも当らないし、
お姉さんの肩の向こう、そおっと背中とお首を伸ばして覗けば、
お部屋は半分もなくなっていて、
見張りのおじさんは瓦礫の向こうでもう見えないの。

 「行くぞ。」

何がなんだか判らないでいるミズキを抱えたまま、
目の前に壁がなくなったのでと言わんばかり、
無口なお姉さんは、再び…外へと向かって悠々歩き始めたのだった。








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  *作戦も破天荒なら、手掛けた実行者も無鉄砲。
   これでも“作戦”があったらしいですが、
   よくもまあ、怪我してないなぁ、久蔵殿。(「あんたが言うか」)


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